13.ニクソンが導入した新医療保険
1974年に入るとニクソン大統領はマネージドケアプランを発表し、25人以上の従業員を抱える企業はそこで働く従業員に対して、ブルークロス&ブルーシールド、もしくはHMOか民間医療保険など、いずれかの医療保険に加入することを義務づけた。この法改正によって勤労者は安心した社会生活を送れるようになったが、問題がないわけでもなかった。慢性疾患の見つかった人は、勤め先が変わると継続して治療が受けられないため、就労先に不満があっても転職できないなどの新たな問題が残った。一方、企業側にとっては、このような保険料の高い従業員を抱えておくわけにいかないジレンマが生じている。
1975年にはMAC法という法律が実施される。これは公的医療に使用する医薬品に対し一定の縛りを設けたもので、高い銘柄品を使用してもMAC価格をもって政府は支払うというものである。MAC価格とは、同一成分規格品の中で最も安い価格を指す。マック法の実施によって薬局は冬の時代をむかえ、資本力の弱いインディペンデント薬局は減少期に突入した。
当時、ハワイ州では医薬分業が急速に進展していたが、この法律によって自営薬局の70パーセントは閉店に追い込まれた。日系二世が経営していたタンセイドー薬局やチャンフーン・ファーマシーは今はない。リチャード・ヨシノのバリュードラッグはスーパーマーケットのタイムスに売却し、ヘンリー・ウラシマが経営するエンチャンテッドレイク・ファーマシーも隣接するセイフウェイに押し潰されてしまった。