18.老人パワーが医療改革を押しつぶした
1988年10月にはレーガン大統領の署名を得て「カタストロフィック法案」が成立した。この考え方はメディケアのプログラムに長期療養費の給付を加え、お年寄りが長期療養によって破産することを防止するものだった。
この法律は老後を安心して過ごせる制度のため、与野党議員の絶対多数をもって議会を通過した。だが、まもなくお年寄りの激しい反対運動が開始された。その原因というのは拠出に問題があった。社会補償税の増加と受益者であるお年寄り自身の拠出によって賄うことを基本にしていたからである。
この新たな負担の重みが国民に認識されたのは、カタストロフィック法案の成立後まもなくで、老人党(高齢者議員)の後押しのもとに、全米にわたる反対運動が繰り広げられた。実力行使も各地で繰り返され、反対運動はこの法案の支持者であるロステンコフ下院議員の乗った車を、お年寄りの集団が襲撃炎上させるといった事件にまでエスカレートさせた。その結果、一旦は法律として決まったカタストロフィック法だったが、わずか1年で取り消されることが決定したのである。まさに老人パワーの勝利というほかならない。
歴史にみない醜態をさらけ出した国会議員たちは、その見返りとしてメディケアの外来診療の薬剤費を一部としながらも、新たに保険対象とすることを決定した。外来の薬剤費が保険対象となったことは、薬局に大きな福音をもたらす結果となり、処方せん調剤の売上は他の部門を引き離して大きく経営に貢献することになる。だが、一方では使用できる医薬品に限度が設けられるなどの制約も加わった。
処方せんフィーは自由価格制で、薬局の利益はプラスコスト方式で計算される。コストとは原価という意味だが、多くは原価に20パーセント程度を上乗せして販売している。
公的医療保険では銘柄品の使用に制限があるので、ジェネリック薬を使用しなくてはならない。後発品は銘柄品と比べて安価であることから、最大価格差が300パーセントから異なるものがある。政府が負担する公的医療保険では、医薬品の原価に調剤技術料として3〜5ドル程度を支払ってくれる。調剤技術料に2ドルから差が生じているのは州によって負担が異なるからで、観光収入の大きなハワイ州では6ドルと高い。
この年、連邦政府が試算した2000年の総医療費が発表されたが、現行医療保険制度のままで行くとその金額は1兆7000億ドルに増加する。日本円に換算すると200兆円にのぼる莫大な金額で、GNPの17パーセントを占めることになる。そこで1989年には医療サービスに定額料金制を導入することを考えた。
これは医師の技術を評価した新しい支払方法で、疾患ごとに要する時間などを計算した平均コストに基づいて定められた。定額料金制の導入の裏には医師の過剰診療を抑制し、また一般開業医と専門医との格差を解消する目的があった。