25.負担額によって決まる医療サービス
アメリカに住むすべての国民にヘルスケア・セキュリティー・カード(健康ICカード)を持たせると、クリントンは自らカードを掲げての演説ぶりで、「これからは病院の医療過誤をはじめとして、不必要な手術、外国と比べて3倍もの高い値段で買わされている処方せん薬は許すことができない。国民が安心して生活できる医療保険の確実性を提供していく」という内容であった。
報道直後にABCニュースが行った国民調査によると、クリントンの医療改革案を支持すると答えた人は56パーセントと過半数を超え、64パーセントの人が現行の医療制度より良くなると感じていると発表された。テレビ特別報道番組によると、どんなに綺麗ごとを言ってもアメリカ人らしい個人主義発言が目立つ。だが3、700万人もの人が医療保険に入っていなかった事実に驚きを隠しきれない。と共に、彼らに差し込む慈悲行為に多くの一般人は満足した。
若者のなかには「働きもしないで、ドラッグをやっている奴等の面倒をなぜ俺らが見なきゃいけないんだ」と言った声も少なくない。こんな意見が出るほど、ダウンタウンにはドラッグの常習者が溢れ、大都市の失業者数は10パーセントを超える状況にあった。「弾丸を持たない大砲をかついで戦場に行くようなものさ」と、将来への経済不安を隠しきれない知識人も数多くいた。賛否両論が渦巻くなかで、反対する組織や団体だけでも1、100以上にのぼった。
国民皆保険制度を最初に提案したのは、第二次世界大戦が終わってまもなく大統領に就任したトルーマンであった。イギリスと歩調を合わせて実施したい考えをもっていたが、イギリスは1946年から先んじて施行する。その後、民主党のJF.ケネディーが再び議会に提案するが、保険会社などからの猛反発にあって議会を通過させるのに困難を究めた。身を挺して法案成立をめざしていたケネディーだったが、1963年11月にダラスで暗殺された。
大統領のポストは副大統領だったジョンソンにバトンタッチされたが、皮肉にも公的医療はメディケアとメディケイドでお茶を濁しただけで終わってしまう。その後も民主党議員は制度の導入を公約に上げ、議会へ上げ続けてきた。にも関わらず、国民皆保険制度の導入は巨大な企業のパワーによって潰され続けてきたのである。
クリントンが提唱する「誰しもが安心して平等な医療を受けられる」この医療改革は、現行の請求システムがあまりにも複雑なため、新制度下では非営利保険のブルークロスとブルーシールドを、一つにして償還する方式が考えだされた。保険料は企業と個人が80対20の比率で負担をする。単身者の場合だと約1,800ドルの保険料で、企業が1,440ドルと個人が360ドル支払う。世帯者では4,200ドル程度と試算され、そのうち企業が3,360ドルと個人が840ドルを負担するというものである。
だが、従来ファーストクラスに乗っていた人がエコノミークラスに格下げされてしまうことになりかねない。この問題は古くから討議され尽くされてきたことだが、法案成立をめざしてクリントンは個人の負担額を増やすことで、さらなる高度な医療が受けられるように計画した。単身者では個人負担が最高額1,500ドル、世帯者だと最高3,000ドルを限度として別途支払うと、ランクに応じてさまざまなオプションを選べるようにした。
ハイコスト・オプションはいわばファーストクラスで、保険の負担額も高い代わりに大いにワガママがきく。ファーストシートはスチュワーデスも美人だし、食事にしても好きなものを選べる。いわば「お金=サービス」の医療が用意された。プライマリー・ケア・ドクターが指示した病院を拒否し、親の代から掛かかりつけの信頼できる病院だって選ぶことができる。医者にしても業界で名を馳せた名医を自由に選べる優位さがある。
ローコスト・オプションはエコノミークラスといったところで、医者をはじめ看護師やテラピストを自分の好みで選ぶことができない。個室病棟も医者が認めた場合のみに限られる。いわば、あてがいぶちの医療だが掛け金の高い分一般の人とはちょっと違う。このオプションは予防医療が全額政府負担で行えることに特典がある。
また、医者が必要と認めた場合、ホスピスケアと在宅医療も全額政府が負担してくれるので、安心した老後をおくることができる。救急医療も電話一本でサービスが受けられる。だが時間外診療は1回につき25ドルの個人負担が設けられた。病院からナーシングホームに移された場合、最大100日まで無料で入れるのも大きな特典であった。
コンビネイション・コスト・シアリングは二つの中間に当たるもので、ビジネスクラスを想像してもらえればいい。このオプションをとっておくと、患者はあらかじめ登録されている病院や医者のリストの中から好きに選ぶことができる。これらの医療プランは年1回変更できるが、国民にとっては大きな賭に迫られることになる。一方、5、000人以上の従業員を抱える大企業は、独自の保険プログラムが組めるようにした。だが、民主党の悲願ともいえる国民皆保険制度の導入は、根回しの失敗から廃案に追い込まれてしまった。