45.一夜にして百万長者になれる
誰からであろうと医療過誤と思われる情報が入ると、夜中であろうと弁護士事務所の営業マンは患者の自宅に押し掛けていく。
「ご近所のボブさんから伺ったんですが、この度は大変な災難に遭われたそうで、心からご同情申し上げます。ところで、医者と病院を相手取れば300万ドルの損害賠償金がとれると、私どもでは試算しているんですが…」
「でも、訴訟にはたくさんのお金がかかるんでしょ?」
「いや、とんでもありません。お金の心配なんて…、一銭もかかりませんよ」
「でも、裁判所へ行ったり、忙しくていやね」
「最初だけ、ちょっと顔を出して貰えれば、あとは弁護士に任せておいてください」
もう一押しでクライアントを獲得できると、セールスマンは決め言葉をまくし立てることになる。
「ほんとに、お金がかからないんですね」
「もちろんですとも。でも、勝訴の時は損害賠償金の20%を弁護料として下さい。もしも、敗訴したときは一切私どもの負担ということで、はい」
「でも、裁判なんて…… 2、3日考える時間を下さいな」
翌朝には、若くてハンサムなセールスマンがドアをノックする。
「この度は……」と、決まりきったマニュアルどうりの挨拶がはじまる。
一足出遅れたフェア法律事務所のセールスマンは、もみ手でにこやかに話しかける。
「ひとつ、私どもの事務所では10%の弁護料ということで、いかがなもんでしょう?」
10%といっても、日本円にして3、000万円という金額である。
「ああ、良かった。もし昨日の人にサインしていたら、30万ドルも損したところだったわ」
昨晩と比べて、すっかり人間が変わってしまった患者になっている。
「ここに、サインするだけで、あなたは暖かいフロリダで一生涯楽して暮らせるんですよ」
悲しいことだが、多額の賠償金が取れて裕福な暮しを補償される可能性を弁護士がほのめかすと、患者の多くは弁護士の勧めるままに偶発事故対応料金扱いで訴訟依頼を進んですることになる。
誰も拒まないのは、その請求額を保険会社が支払うからだ。アメリカではこんな医療過誤をめぐる訴訟が年間10万件に達している。
弁護士事務所は、金になる情報をくれたボブに対して、幾らかのお礼を支払う。1%にしたって3万ドルにのぼる収入である。
ちなみに、日米構造協議で締結された内容では、裏の裏まで知り尽くしたアメリカの弁護士たちが国際弁護士という名目で日本でも働けることになる。
日本で免許を持っている弁護士はわずか17、000人だから、その53倍の弁護士が押し寄せようとしているのである。いままでは、ごく専門分野の事件しか相手にしなかった弁護士たちは、薬物副作用のような些細なことでも、金になれば群がってくることになる。医者、保険会社、弁護士、そして患者と、医療に関わる悪徳者の短いリストを上げた。これが完全なリストと思われるなら、もう一度考え直して欲しい。
年間、一人あたりのアメリカ人が支払っている医療費は2、671ドルで、この額をドイツと比べると2倍の高さにのぼる。その中で公的医療保険への政府負担額がGDP(国内総生産)に占める割合は、12.2%と先進諸国では最も高い率となっている。さらに唖然たる事実は、アメリカ国民の3、750万人が、まったく医療保険に入っていないことだ。
やっと、ブッシュ大統領のメディケア改革で、連邦政府や州政府の果たす役割についての議論が始まった。雇用主、市民団体、組合、そして医薬品会社などから加えられる圧力も強まりはじめている。この問題は複雑だし、導入にあたっては想像を越す高い費用が求められる。経済的泥沼にはまり込んでしまっている現在のアメリカで、やさしい解決方法、あるいは明らかな選択肢はありえない。アメリカ国民の選択如何によって、また、それに携わるさまざまな分野の人達に大きな影響を及ぼすことになるだろう。