46.落し穴にはまった人々
昨年の夏のことだ。離婚歴のある24歳のアメリカ人女性ジョイスは、不運な事故にあった。母親の家を訪ねているとき、誤って針を踏みつけてしまったのだ。針は足の2番目と3番目の指間に深く刺さり鋭い痛みが走った。長さ4cmの針の1cmしか表面に飛び出ていない。傷は痛く、まかり間違えば大事故になるところだったが、救急車を呼ぶほどのケガではなかった。ジョイスの母親は自宅近くにある病院の急患室へ急いで連れていった。
そこで二人は予期しないショックに遭遇することになる。病院はキズが致命傷でないこととジョイスが健康保険に入っていないのを理由に、前金で予想される医療費を全額支払わねば、治療をできないと言いはなったのだ。
「話にならないわ。病院の請求額は、私の月給の2倍よ。私にはそんなお金はないし、そんなお金を即金で払える人なんかいるもんですか」
心配顔の母親の手をひいて、ジョイスは治療室から飛び出した。それでも、足から突き出た針をそのままにしておけば、化膿するおそれもある。何か手を打たなければならない。傷ついたジョイスが考えたことは法を破ることだった。それは同い年の友人の保険証を借りて治療を受ける方法だった。二人は120キロ先の隣町の病院へ出かけていった。そこでジョイスは友人の名前を名乗り、健康保険適用のもとに治療を受けることが出来たのである。
「私の家族は、長いこと生活保護の世話になって生活してきました。働き手の父は、まだ、私が赤ん坊だったころ家を出て行ってしまったため、私の家族は連邦政府から小切手を、USDAからは食料品給付券を、州政府からは医療保険を受けて生活してきました。だからといって、私たちがそんな生活を好んでいたかというと、決してそんなことはありませんでした。母はタイプを習って、タイピストの仕事をしていました。おかげで、私たち兄弟はみんな学校へ行けたし、7年前から私たちは福祉の世話にはなっていません」
事故が起きたとき、ジョイスの妹は母親の会社の健康保険に入っていたし、もう一人の妹は結婚していたし、兄は軍隊に入っていた。何も入っていなかったのはジョイスだけだったのである。
「私は一度結婚しましたが、性格の不一致から3年後に離婚しました。でも、私は生活保護に頼ろうと思ったことは一度もありません。もちろん、そうすればコトは簡単に解決するでしょうし、そうしている人はたくさん知っています。私は、母がしてきたことを実践してきたのです。仕事をさがして働いたんです。問題は、政府が支払ってくれる生活保護保険を受けるのは収入があり過ぎ、といって、自分で民間の保険に加入するほど収入はありません。いま、私の勤めている会社には企業保険があります。でも、それに入ったら家賃が払えなくなってしまいます」
その後、ジョイスは再婚し、今では夫の健康保険でカバーされている。ジョイスの場合、問題はめでたく解決されたが、アメリカの低所得者層にはまだまだ問題が数多く残されている。ジョイスと彼女の仕事仲間は匿名を条件に、健康保険のネットワークの底辺にいる人々の生活を語ってくれた。