49.一杯のコーヒーが2億9000万円
一杯のコーヒーに286万ドルをつけたのは、ハンバーガーで有名なマクドナルドである。なんと、日本円にして2億9、000万円にもつく高いコーヒー代である。これは訴訟大国といわれるアメリカでの話だが、1992年2月27日の早朝にコーヒーをこぼしたことから始まった。
まだ陽も昇らない暗いうち、ステラ・リーベックさんは息子を飛行場まで送って行った。ターミナルに入ったのを見届け、ほっとした彼女はマクドナルドに車を停めさせマック特製の朝食セットを購入したのだ。運転をしていた孫のクリス・ティアノは、おばあちゃんが食べやすいように適当な場所に車を駐めることにした。朝食セットについているコーヒーに砂糖とミルクを入れたいのだが、助手席にはカップホルダーが見つからない。両手がふさがっていたステラ・リーベックさんは、発泡スチロール製のカップを両ひざの間に挟んで蓋を開けようとした。
その時だった。しっかり閉まった蓋を親指と人差し指で引っ張り上げるつもりが、つい力が入り過ぎて80度近いコーヒーが太股から座席シートへと流れてしまったのである。摂氏80度という温度はマクドナルドのマニュアル通りで、販売した店員には問題がなかったが、79歳のお年寄りが瞬時に車外へ飛び出すことはできない。ステラ・リーベックさんは、マクドナルドのコーヒーをこぼし太股から臀部にかけて火傷を負ってしまったのである。なんと、彼女の顧問弁護士はコーヒーで火傷した苦痛に対し、経済的損失も含めて290万ドルの値段を付けたのである。
さっそく公聴会が開かれたが、陪審員たちはマクドナルドに対して、270万ドルの懲罰的損害賠償金に加え、16万ドルの経済的損失をリーベックさんに支払うように命じた。たかが、80度のコーヒーをこぼした火傷に2億9、000万円とは、日本人の常識では考えられない金額である。この事件をきっかけに、マクドナルドではコーヒーの温度を温めにし、アメリカへ行く人には勧められないほど不味いコーヒーになってしまった。
この判決は、余りの額の大きさにアメリカ議会でも問題になるほどだった。この法外な額は、PL法や医療過誤問題でもよく引き合いに出される話題で、訴訟問題に悩まされ続けてきた製薬企業や医者会は、行き過ぎた判決に対してロビー活動に立ち上がったのである。申すまでもなく、弁護士会や消費者団体は議会に猛烈な反対運動を展開した。こういった訴訟事件は日常茶飯事のことである。
日本で製造されたトリプトファンで起きた健康食品副作用訴訟は、いまだ解決を見ないでいる。トリプトファンを製造販売した昭和電工鰍ヘ、今までに3、000億円以上の損害賠償金を支払らったと訊くが、いまだ裁判は続行中である。(掲載したマックはルート66に現存する1号店)
私たちが何気なく店頭で売っている綿棒についても、パッケージの裏に記載された注意書きには「耳の中に入れないで下さい」と書かれている。これも耳垢の掃除に使った人の訴訟以後、追加記載された項目のである。だが、皮肉にもアメリカ人が綿棒を購入する目的は、相変わらず耳掃除のためである。もし、店頭で薬剤師が耳垢の掃除に綿棒を勧めて事故でも起きたら、それこそ悲惨なことになるお国柄である。注意書きがあるにも関わらず、耳かき代わりに推奨した薬剤師の罪は逃れられない。故意によるとの解釈が成りたてば、医療に携わる薬剤師免許すら危なくなる。そこで和解という手段が登場し、巨額の金がモノを云うことになるわけだ。綿棒だったから損害賠償金は数億円で済んだものの、PL法がらみで起きた巨額の損害賠償事件にジェーン訴訟がある。